関越道ツアーバス死傷事故 [事故防止]
最近連続して大きな死傷事故が続いている。関越道でバスが防音壁に突っ込んだ事故は、運輸安全上の重要な項目であるため、本欄に関係する範囲で取り上げてみたい。
24年4月29日午前4時30分頃、関越自動車道上り藤岡ジャンクション付近で路肩脇の防音壁に衝突、乗客の7人死亡、運転手を含め39人が重軽傷を負った。
運転手の河野化山(43歳)を自動車運転過失致死傷の疑いで逮捕した。容疑は高速道路の第一車線で時速およそ90kmで運転し、壁に衝突させて乗客7人を死亡させ、38人に重軽傷を負わせたもの。
関東運輸局は5月2日、事故を起こしたバス会社『陸援隊』に対して特別監査を再度実施。運行指示書や点呼簿が見つからないという。事故当時の状況や運転手の勤務状況について話を聞く方針。
『陸援隊』は来日観光客向けのインバウンドを主業務としてきたが、東日本大震災と福島原発事故を機に外国人観光客が激減し、あまり経験のなかった夜行のツアーバス事業に本格参入したとみられる。このことが河野容疑者の勤務状況に影響を与えた可能性があるとみられる。
国交省平成20年9月、運転者の交代に関する指針では、運転手1人の1日当たりの走行距離と運転時間の上限を2日平均で670㎞、9時間と定めているが、今回は指針の範囲内とみられる。国交省は全面見直しの方針。
また国交省は各運輸局に対し、高速ツアーバスの実態調査を目的に貸し切りバス会社の監査実施を指示した。対象はおよそ200社で、運転手の過労実態などについて調べ、違反している場合は行政処分の方針。
バスが防音壁に衝突した際、高さ94cmの防音壁コンクリート製基礎部分が車体の正面脇から10・5mに渡ってめり込み、10列目の真ん中まで座席を次々と押し倒していたことが分かった。バスの全長は12メートル。
防音壁とガードレールの間には30cmほどの隙間があり、この隙間が被害を拡大したとの指摘もある。浅い角度でバスがガードレールに当たって、ガードレールが曲がり、防音壁に車体の真ん中付近が入ったとの指摘。
ガードレールと防音壁を一体化させることで、防音壁にぶつからずに済むという。新しいタイプの防音壁は一体化しており、隙間がなく内側にガードレールが入っている。今回の防音壁は30年ほど前のものだという。
〇事故直前の様子
事故直前の運転手の状況について、事故に巻き込まれた人の家族は、『アナウンスが、何語なのって感じで、不明瞭な感じで。休憩中に通ったら、運転手が突っ伏して寝てた。予兆はあったよね』という話を聞いたという。
他に『急ブレーキをかけたりしていた。心配だった』『左右に揺れていて事故が起きるのではないかと思った』との声もある。
事故を起こした河野化山運転手は、中国残留孤児の子弟で平成6年に日本国籍を取得。簡単な日本語はできるが、複雑な言葉は理解できない様子。
事故の原因について本人は『疲れていて、居眠りをした』と供述しているという。休憩について『高速では3回休憩した、一回の休憩はおよそ15分だった』という。乗務する前にホテルで8時間30分休憩をしていたが、『寝たり起きたりを繰り返していた。チェックアウト後は出発まで食事をしたりして過ごした。』『うとうとしていた。どこで事故を起こしたか覚えていない』
〇総務省のアンケート調査
平成21年に貸し切りバス運転手136人に調査を実施。89%が運転中睡魔に襲われたり居眠りしたりした経験があると回答したため、22年9月「運転者の健康面や生化学的な面を検討して算出されていない」と国交省に改善を勧告した。
複数回答で理由を尋ねると、『運行日程が厳しく疲れがたまっていた』が61%、『休みや休憩が不十分で過労運転が常態化していた』が59%、『運行日程が厳しく焦っていた』が30%。
うち1人は『1日400キロ以上のワンマン運行はかなりしんどい』と訴えた。連続勤務が30日以上と、1か月間休んでいない運転手も5%おり、総務省は『過労運転による事故がいつ起きてもおかしくない状況で貸し切りバスが運行されている』として国交省に指導の徹底を勧告した。
〇ツアーバスの業界
平成12年度からの規制緩和により、バス会社は11年度の2,336社から22年度には4492社へ倍増。1台1日当たりの営業収入は同時期で8万519円から6万3435円へ2割以上減少。
旅行会社とバス会社の力関係は一般に、建設業界の元請けと下請けの関係と同じだという。総務省21年度勧告でも、『旅行会社がバス会社へ無理な運行計画を強要する例がある』と指摘していた。
あるバス会社幹部は『旅行会社の要求は絶対。断れば次の商談はない』という。夜間運行は二人が基本なのに『なぜ二人なんだ、一人で十分だ』とクレームがきたことがあった。
ツアーバスは旅行会社がネットなどで乗客を募集、運行を貸し切りバス会社へ委託する。路線の高速バスが道路運送法の適用を受けるのに対し、ツアーバスは旅行業法が適用される。
平成12年からの規制緩和で一気に普及した。利用者は17年の21万人から22年に600万人と5年間で30倍。
〇何が問題か
事故を起こしたバスは22年前の車両だというが、一体何万キロ走ったのか聞いてみたいところだろう。シートベルトが壊れているというところから、旅客安全に対する姿勢が伺われる。
ツアーバス業界の勤務実態が、今回の事故で明らかとなりつつあるが、旅行会社は大幅な価格ダンピングをする一方、運行の安全に関して責任を取らない姿勢を見せている。安全のために必要な価格を削り落としても低価格の方が良いと思っているのであろう。
貨物では、荷主会社に運行の安全に関して重要責任を問う如く、旅行会社に対しても罰則付きの指導をするべきだと思う。
こうして見てみると、運輸の規制緩和が如何に安全性を犠牲として成り立っているかが分かってくる。これはツアーバスの話にとどまらず、貨物やタクシーなども同様である。そろそろ新規参入の自由化が、結果として何をもたらしたかを見直すべき時なのではないか。
価格の自由競争は激化したが、安全性の競争には結びついていないではないか。
運輸安全マネジメントが大規模事業所において効果を発揮している反面、中小・零細事業所では変化が見られないという。より過酷な業務に就いている彼らの場合、体調面での管理や所得・待遇面での問題は大きいと思われる。
〇蓄積疲労が何をもたらすか
今回の事故の原因はズバリ、『蓄積疲労』だと言っておきたい。1回だけ500キロを走るなら楽々で行けると思うが、彼らの場合は明日も、明後日も500キロ走ることになる。
運転による疲労は監視作業に近いもので、緊張を維持しながら乗客の安全を図り、車両の前方、後方、側面に注意を払い続けている。高速走行で流れるような景色は流体刺激となり、ストレスのもととなる。
行きは楽しく走れる上に休憩を足らなくても大丈夫だが、帰り道はものすごく疲れて休み休みでないと走れず、大幅に時間がかかって帰ってきた、とはよく聞く話である。
肉体疲労とは違って神経性の疲労は取れ難く、休憩を取っても眠りに就くことが出来なかったりする。やがて疲労は蓄積し、テンションが下がらず体が休まらない状態となる。
誰もが知っている東名追突炎上事故は、休憩を取っても眠れないために、最初は少しのアルコールが、やがて多くの量を必要とするようになって起きたものだった。
今回の運転手は3日間休んだ後、東京から金沢へ運行した後の帰り便の事故だっただけに、疲労が取れずにそのまま力尽きたのではないか。3日間休んだというが、それでも回復できなかったということなのではないか。
休憩を取ったホテルで『寝たり起きたりを繰り返していた』、『疲れていて、居眠りをした』という供述から、また『休憩中に通ったら、運転手が突っ伏して寝てた』という証言から蓄積疲労の状態であったことが推測できる。
このような状態では上限が670キロ、9時間といっても、連続運転が4時間以内といっても何も安全性を保障しないだろう。本人の体調が連続運転に耐えられない位、悪くなっているからである。
43歳というのは、そろそろ無理が利かなくなる年齢でもある。以前のようには体が言うことを聞いてくれないのである。身体のケアをすることの重要性がここにある。
運行のスケジュールが決まっており、遅れることは莫大な違約金を請求されることにもつながる。切られるかも知れない。次の運行への車両使用や乗務も考えなくてはならない。ここで止めてゆっくり寝ていろ、とは言えない事情がここにある。
せめてもう1人乗務員がいてくれたら、すぐに交代できただろうし、異変に気付いた乗客が、運転手に声をかけていたら大惨事は防げたかもしれない。これからは乗客であっても、何か異変を感じた時は遠慮なく運転手に声をかけることにしたい。
亡くなられた皆様には、心よりご冥福をお祈りいたします。
追記
5月3日の特別監査で次のことが明らかとなったという。
〇数十件の法令違反。
監査が入ると大抵数件は違反が指摘されるが、数十件は異常に多い。過去に白バス営業や運転日報の記載不備で摘発されていることから、その後は全く改善されていないことになる。
行政がこのような法令違反を許してきたことにならないか。
〇陸援隊は河野容疑者を、道路運送法で禁止されている日雇いの運転手として雇っていた。 人手が足りない時には運転手に電話をして、仕事を依頼していた。
月に数日の勤務だったというから、過密な勤務状態とはなりえないことになる。他の仕事と兼務していた疑い。バスは4年、うちでは2年前から。往路で金沢に向かう前、3日間休んだという社長の発言から、少なくとも専属運転手だと思った。
本人は21年7月に大型2種を取得、バスの運転歴は約2年で昨年7月に陸援隊の従業員になったと供述。
陸援隊の弁護士によると、ツアー会社と陸援隊の間には2つの業者が仲介。ツアー会社から千葉県内のバスを手配する会社、別のバス運行会社、そして陸援隊へ依頼が来たという。
5月5日、さらに新しいことが分かった。
〇河野容疑者は陸援隊から営業許可の名義借りをして、本人所有のバスで中国人観光客向けツアーを主催していた。バスの使用者は陸援隊名義であり、ナンバープレート貸しで無許可営業の疑い。
〇群馬県警の調べで、千葉から金沢までの往路は同乗したもう1人の運転手が全区間を運転していた。
運転していないのに何故疲れていたのか不明。休憩したホテルでは、本人主催のツアー関連の業務をしていたとの情報がある。
5月6日、陸援隊社長の会見から
〇河野について、過労運転はなかったと認識している。27日の乗務直前まで約3日間休養させていた。本年は平均乗務時間が月に100時間程度のため、過労運転となるものではなかった。
〇金沢までの往路は別の運転手が1人で運転し、河野は空いた座席で待機していた。その間、仮眠をとることは可能。復路は河野が1人で運転し、高岡駅まで別の運転手が助手として道案内をした。
〇河野の雇用形態は、固定給ではなく1回の乗務に対して金員を計算するという形だった。
〇河野が所有し、当社が使用者となっているバスが4台あった。河野が営業して獲得した顧客に関しては、河野が顧客から料金を受領していたのは事実。代金は当社が決めた額を河野に支払ってもらっていた。
〇河野の夜間バスの経験は、当社の仕事をする以前は、長距離夜間トラックやバスの運転経験があったと聞いている。夜間運転に不慣れということはない。長距離では千葉ー大阪間の旅客輸送を多数回経験しているため、不慣れということではない。大型バスの運転についても、技術的に未熟ということはない。
〇点呼については、遠隔地のため電話による点呼を行うこととなっているが、28日に同行した運転手から河野の様子を聞くことで点呼を終了している。直接河野との間で点呼を行わなかった点は不備があった。また、河野が飲めない人間であることから飲酒の有無の確認は行っていない。
〇運行指示書の存否について、当社は作成していない。作成しようにも出来なかった。バス配車指示書はハーベスト社から発行されたものだが、B社のところでストップして乗務前には当社に送られてこなかった。
〇バスのシートベルトが壊れていたとの報道について、少なくとも昨年初めに点検した際には壊れていなかった。事故直前には確認していない。
5月7日、仮眠するためのホテルでの行動について
〇警察に対し『故障していた自分が所有するバスの修理の手配をしていた』と供述している。
また夜間運転の経験がほとんどなく、『不安だった』とも話しているという。
〇陸援隊は、国土交通省特別監査で36件の法令違反を指摘されていた。






